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モテない男の特徴を活かした妄想劇【なぜ前戯と後戯の間の行為は中戯でなく本番なのか?】

モテない男はいつだってくだらないことを真剣に考える癖がある。

もちろん、
これはモテる男にも当てはまるが、モテない男の方がこの傾向は顕著だ。

ということで、
今回、というか次回以降もたまにくだらないことをモテない男の目線で書いていこう。

男たるもの、本気で遊べ。

なんて誰もがなんだそりゃ?といいたくなるようなキャッチコピーを地で行くのもありだ。

前戯が長すぎると感じる女性の存在が掻き立てる妄想

最近話題の小説【死にたい夜に限って】にこんな一幕がある。

主人公とその彼女のやりとりで、
彼女がうつ病になったと診断された病院帰りの会話である。

「アスカ、なっちゃったもんは仕方ないよ」

「でも、もう働けないよ。迷惑かけちゃうよ」

「お金なんてある方が出せばいい」

「私なんかのためにどうしてそこまでしてくれるの?」

「好きだからだよ」

「私よりいい女いっぱいいるでしょ?」

「いるかもしれない。でも、こんな俺を好きだと言ってくれるのはアスカだけだよ」

「・・・・・」

「これからは思ったことを正直に言って欲しい。何を言われても嫌いにならないから」

「本当に?」

「うん」

「前戯が長すぎるよ」

「え?」

「だから、前戯が長すぎ」

「さすがに傷ついた」

「あはは」

「これからもよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

・・・なんて素晴らしい会話なんだ、と思う反面、

「エロのときの前戯って時間をかければいいってわけではないんだな?」

とも思ったのだ。

前に戯れると書いて前戯。

エロには必要な前戯だが、
お戯れもほどほどにしろってことか。

小説の中の会話だが、
モテない男特有の過剰な想像力を働かせて、今まで渡り歩いてきた女性たちの前戯のときのエロい表情だったかどうかを思い返してみる。

うーん、十人十色だ。

昔、
童貞たちのバイブルであったホットドックプレスに、

「いいかお前ら!前戯には十分時間をかけるべし、だ!」

って書いてあったのをふと思い出す。

自分も前戯マスターになろうと、
まだインターネットがないアナログ時代から必死に情報を収集したことがある。

この時の情報収集能力が今でも自分にあれば、
今頃はそこそこのIT企業を立ち上げて悠々自適にリア充セレブライフを満喫していただろう。

んなことはいい。

そんな不毛な時期に、
アダム徳永が開発したアダムタッチという前戯テクニックがあることを知った。

前戯の最高峰アダムタッチ

当時、
アダムタッチは一部のマニアやセックス追求者たちからは絶大な人気を誇っていた。

実際にアダムタッチが存在するということは、
こちらの書籍が発売されていたということで証明できるだろう。

→【スローセックス実践入門 真実の愛を育むために アダム徳永

少なくとも、
私自身はそのように信じていた。

アダムタッチは、
とにかくかたつむりやナマケモノのようにゆっくりと女性をタッチし、相手を焦らす。

焦らす。

とにかく焦らす。

そうすることで、
相手の女性は台風上陸時のダムのようにいまにも情熱と液体が決壊し、氾濫する状態を作るのだと。

「アンタァ、もうあかん、堪忍やでぇぇ!」

と女性に半狂乱で言わしめるのがこのアダムタッチの極意だ。

これはこれでひとつのテクニックなのかもしれないけど、
「前戯が長すぎるよ」と正直に彼氏に言う女がいるんだと思うと、例え小説の話だとしてもなんだかアダムタッチをガチで実践していた自分が恥ずかしくなってきた。

ダムだって、
決壊してしまったら大惨事だ。

女性のアレだって、
決壊するほど、氾濫するほどの過剰なソレっつーのはあまりよろしくないんだな。

モテない男は、
どうしても「女性を喜ばせる〇〇テク!」と特集を組んだ本や週刊誌があると、ランチ後の密かな楽しみであるコーヒーや一服を我慢してそれを買ってしまう。

モテないからこそ、
経験が少なく、その本や雑誌の向こう側の桃源郷に思いを馳せてしまうのだ。

「エロの際、前戯が長すぎるのはあまりよろしくないんだな」

と、
ひとつ学習しようではないか。

ちなみに、
アダムタッチを披露した女性の中で、前戯がソフトタッチでしかも長すぎたため「へへへ、どうだい?」とパッと顔を見たら寝ていたという経験があった、というのもご愛嬌で書いておこう。

と、
前戯の話はここまでにして、本題へ。

前戯と後戯の間に行われるのがなぜ中戯でなく本番なのか?

冒頭の会話を読みつつ、

エッチの前の乳繰り合いが前戯、フィニッシュ後の女性への労りが後戯、なら実際に結合しているのはなぜ中戯ではなく本番なのか?

と思ったのだ。

・・・くだらねぇ。

と、
一瞬思ったのは私だけではないだろう。

でも、
モテない男の脳内はこうしたくだらない材木やネジ、鉄筋によって建築されているのだ。

そうした資材に限って丈夫なので、
モテない男の脳内妄想ワールドというのは死ぬまで崩壊せずに残る。

親、子、孫の代まで続くだろう。

夢の三世帯同居だ。

ダイワハウスや積水ハウスなどのハウスメーカーも見習うべき。

中戯ではなく本番と呼ぶ理由。

それは、
2人がエロい結合している時は2人共その行為をするために本気で出会ったからである。

練習でなく本番。

本番でしか、人類は子孫を残せないのだ。

「練習でできないことは本番でもできない」

スポーツ界では手垢のついた言葉だが、
生命の誕生と存続という壮大なテーマのもとではこの言葉は間違っている。

本番でしか子孫は残せない

いくら練習しても子孫は残せない。

練習とは、
オ◯ニーであり、本番なしの風俗であり、ゴム有り避妊セ◯クスのこと。

本番。

こうして改めて見てみると、なかなかいい言葉である。

中戯なんて言葉は不要だ。

男と女がベッドというなの土俵で本気でぶつかっているのに、
取り組みの途中で戯れるなんて相撲協会や横綱審議会がだまっちゃいない。

オイ!おまえら本気でやってんのか?!

と、
通称かわいがりと呼ばれる折檻を受けながら怒られるだろう。

今夜は楽しみにしていたちゃんこ鍋も抜きだ。

本番という言葉を使うからこそ、
男も女もその瞬間は本気になるのだ。

前戯・本番・後戯。

この順番や言葉は、
いままでもこれからも変わらない。

小説【死にたい夜に限って】内に出てきた、
長過ぎる前戯を嫌う女性アスカの存在によって、ここまで妄想を広げられるモテない男の過剰な想像力を誇りに思いたい。

世の中に流れるエネルギーの半分は性欲と食欲でできていて、
もう半分はモテない男女のどうしようもない想像力と妄想ワールドでできている。

その一端を担う時間をたまに持てるなら、
モテない男の人生というのもそんなに悪くないのかな、と思う次第なのである。

はいっ、くだらねぇ妄想はここまで。